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【活動報告】第1回 こども支援者のための「まなび&交流ランチミーティング」を開催しました

活動報告 2026.06.15

2026年5月26日、「第1回 こども支援者のための まなび&交流ランチミーティング」を開催しました。

本ミーティングは、気仙沼市内でこども支援や居場所づくりに関わる実践者・行政・学校・地域住民等が、分野を越えて出会い、学び合い、協働の可能性を探るための小規模な交流勉強会として企画しています。

第1回目のゲストとしてお迎えしたのは、「気仙沼あそびーばー」「ほしぞら未来食堂」「プレーパークけせんぬま」の活動を続けてきた鈴木美和子さんと、「障がい児者福祉施設多機能型事業所いっぽ」や子ども食堂「水梨キッズかふぇ」などを運営する秋山順子さんです。

震災や人口減少、小学校の統廃合が進むなか、地域の子どもたちの居場所や体験の機会、地域とのつながりが失われつつあるという地域課題を抱えています。そんななかで長年にわたり子どもたちへの支援を育み続けてきたトップランナーのお二人から、活動の原点や継続の秘訣、現在の地域課題についてお話を伺いました。

登壇者

●鈴木 美和子さん(一般社団法人気仙沼あそびーばーの会/気仙沼あそびーばー・ほしぞら未来食堂・プレーパークけせんぬま)

●秋山 順子さん(特定非営利活動法人水梨かふぇ/障がい児者福祉施設多機能型事業所いっぽ・子ども食堂「水梨キッズかふぇ」)

(聞き手)渡邊 国権(けせんぬま子育てコレクティブインパクトプラットフォームコソダテノミカタ)

なぜわたしたちは居場所を開くのか

渡邊: お二人は、10年以上こどもの居場所づくりに携わってこられました。活動を始めたきっかけは何だったのでしょうか?

鈴木: 始まりは、やはり東日本大震災でした。避難所で過ごす中、日本冒険遊び場づくり協会の天野先生から「遊びを通して、心に傷を負った子が元気を取り戻せる場を」と言われ、ハッとしたんです。それまでは子どもたちをおとなと同じ「被災者」としてしか見ていませんでした。けれど、「ああ、この子たちは心に傷を負っているのだ」と。夫も「すぐに場所を探さないと」と奔走し、震災からわずか1カ月半後の4月26日にはプレーパーク「気仙沼あそびーばー」をオープンさせました。

秋山: わたしはもともと15年前から高齢者のサロンを運営していたのですが、水梨小学校の廃校が決まったことが大きな転換点でした。「子どもの姿が見えなくなっては寂しい地域になってしまう」という想いで、地域のおじいちゃん・おばあちゃんと一緒に、2015年に「水梨キッズかふぇ」という活動を始めました。その後、震災時に障がいを持つ子たちが避難所で不自由な思いをしたり、車中で過ごさざるを得なかった状況を目の当たりにし、2000年には「障がい児者福祉施設多機能型事業所いっぽ」も立ち上げました。

地域とのつながりと継続力

渡邊: 活動を「継続する」ことの難しさについて、どのようにお考えですか?

鈴木: 予算が取れず「来年は無理かもしれない」と思う年もありました。でも、遊び場を居場所にしてきたおばあちゃんたちが「続けてやりましょう、何でも手伝うから」と背中を押してくれたんです。また、「ほしぞら未来食堂(こども食堂)」を続ける中で、実は経済的な困難を抱えている家庭が地域に少なくないことにも気づかされました。だからこそ、誰でも気軽に来られる居場所を地域に開き続けることが大切だと感じています。

秋山: 私も「いっぽ」を設立する際は、自宅の家を抵当に入れて銀行から借金する覚悟でした。「志がいい方に向かっていれば、必ず返ってくる」と信じていましたので。今では、おばあちゃんたちが作った野菜を「水梨キッズかふぇ」で売り、その収益を次の活動資金にするなど、地域全体がこの場をたのしみにする循環ができています。

渡邊: こども支援が、そのまま地域住民の生きがいやつながりに直結しているのですね。

秋山: そうです。高齢者も障がいのある人もみんなが必要としあうインクルーシブな環境こそが、地域の力になります。

見えにくくなった貧困と「折れない心」

渡邊: 長年活動されてきた中で、子どもたちを取り巻く課題の変化を感じますか?

鈴木: 今の貧困は、昔のように服装や持ち物だけでは見えにくく、一見すると分からないケースが増えています。コロナ禍でお弁当を宅配した時に、初めて家庭の中の深刻な実態が見えました。また、こどもたちが昔に比べて外で遊ばなくなり、体力や運動能力が低下していることも懸念しています。

秋山: わたしは、子どもたちの「レジリエンス(逆境から立ち上がる力)」の低下を感じています。それはいまのこどもたちの親御さんたちも同じかもしれません。子どもが困難を乗り越える訓練ができていないのではないかと感じています。こどもは親の背中を見て育ちます。まずは親自身が、地域とつながり、孤立しないことが子どもの折れない心を育てるためにも大切だと考えています。

これから育つこどもに手渡したい環境

渡邊: 最後に、これからの気仙沼でどんな地域をつくっていきたいと考えていらっしゃいますか?

鈴木: 遊び場のような場所が、子どもが自転車で行ける範囲にたくさん増えてほしい。どこに住んでいても、おじいちゃん・おばあちゃんと一緒に遊べる場所がある、そんなまちが理想です。

秋山:こども支援者のみなさんに送りたいメッセージは、「なぜやるのか」という信念さえブレなければ、とにかく活動は継続できるということです。若い世代のみなさんは、SNSなどの「武器」も持っているし、羨ましいほどの発信力があります。自分たちだけで抱え込まず、地域の人に「手伝って」と上手に頼りながら、楽しんで活動を広げていってほしいです。

おわりに

今回の勉強会を通じて印象的だったのは、お二人とも活動の規模や手法は異なるものの、「地域のこどもたちのために何ができるか」という想いを軸に、地域の人たちを巻き込みながら活動を続けてこられたことでした。

また、こどもの居場所づくりは、子どもだけを支える活動ではなく、保護者や高齢者、障がいのある方など、多様な人たちがつながり合う地域づくりそのものでもあることを改めて実感しました。

コソダテノミカタでは、今後もこうした学びと交流の場を継続し、気仙沼でこども支援に関わる実践者同士がつながり、それぞれの活動がより豊かに広がっていくきっかけをつくっていきたいと思います。

ご登壇いただいた鈴木さん、秋山さんご参加いただいた皆さま、ありがとうございました。